パラリンピック選手を生んだ義足づくりの臼井二美男さん

臼井二美男さんは、「走れる義足」を日本で初めて開発し、パラリンピックにも多くの選手を輩出。今年の「現代の名工」にも選ばれた臼井さんに義足づくりにかける情熱をお聞きしました。

全力疾走する義足ランナーに魅せられて

──走れる義足に取り組むきっかけは。

入社して5年めの1989年に、新婚旅行でハワイに行きました。せっかくだからと、義足の工場を訪ねた時に出合ったのが、軽くて丈夫なカーボンファイバーの板を使った「スポーツ義足」です。アメリカで生まれ、この頃から欧米で義足の人のスポーツに火がつくのです。

そして日本に戻り、がんセンターのドクターから見せてもらったビデオに衝撃を受けました。義足をつけたアメリカ人女性が美しいフォームで全力疾走しているのです。義足のランナー、サラ・レイナートセンさんでした。

それまで生活用の義足でスポーツをする人もいましたが、力を入れると壊れるので生活に支障が出ます。その点、カーボンファイバーの義足は反発力や耐久性があって、希望の光が見えました。スポーツができれば、人生がどれだけ豊かになるだろう。よし、走れる義足を作ろう、と心に決めました。

(中略)

走れるようになれば歩くことも楽しくなる

──スポーツを勧める理由を教えてください。

大事にしている体の一部を失うと、誰しも心に大きな傷ができるのです。自分は社会人として一人前じゃないんだとか、もう誰も好きになってくれないとか、そういう思い込みから、死んでしまいたいと思う人もいるのです。

ところがスポーツをやると、自信がわいてくるんですよ。走れるようになれば、歩くことも楽しくなり、日常の風景が変わってきます。ふさぎ込んでいた人が目に見えて元気になっていく。不登校の子が学校に通い始め、体育の授業に参加するようになり、一年後には日本選手権に出たいと言い出したりする。そんな場面に何度も出合ってきました。

(『月刊なぜ生きる』令和2年12月号より一部抜粋)


本誌では、五輪・パラリンピック東京招致のためのプレゼンテーションを行った陸上アスリートの谷真海さんと臼井さんとのエピソードや、義肢装具士を目指すきっかけとなった小学生時代の出来事などを紹介しています。

全文がお読みになりたい方は、本誌でごらんください。


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