「無人島に1冊もっていくなら歎異抄」司馬遼太郎と歎異抄

司馬遼太郎も、『歎異抄(たんにしょう)』に魅了された一人でした。

彼は、どんな時に『歎異抄』を読み、何を感じていたのでしょうか。

その答えは、朝日新聞社が発刊した『司馬遼太郎全公演』の中にありました。

昭和39年7月、大阪市での講演で、次のように語っています。

(略)

急に兵隊に行くことが決まり、ずいぶん驚きました。いままでは人が行くものとばかり思っていたからで、お葬式のようなものですね。

お葬式は人のものだと思っていますから、お葬式に行ってあの人に会ったらどうしようとか、いろいろ考えます。人が死ぬことは考えても、自分が死ぬことはちっとも考えないから、ニコニコ暮らせるわけです。

生死は人生の地図の重要なものですが、なかなかそこに人間は参加できません。やはり人間はのんべんだらりと暮らしている間はだめで、ショックが必要になります。

私は兵隊に行くときにショックを受けました。

まず何のために死ぬのかと思ったら、腹が立ちました。

いくら考えても、自分がいま急に引きずり出され、死ぬことがよくわからなかった。自分は死にたくないのです。


なぜ、人生には、不安がなくならないのでしょうか。司馬遼太郎は、うまく表現していますね。

私たちが「生きている」ことを、「地図を持たずに見知らぬ土地へ来ている」ことに例えています。

初めて訪れた土地で、今、自分がどこにいるか分からなくなったら、とても不安になります。

これは私たちが、「こんな毎日の繰り返しに、どんな意味があるのだろう」「何をしたら満足な人生を送れるのだろう」という漠然とした不安を感じながら生きているのと同じではないでしょうか。

(『月刊なぜ生きる』令和2年12月号より一部抜粋)

本誌では、司馬遼太郎さんが歎異抄に魅了された理由をさらに掘り下げてご紹介しています。
全文がお読みになりたい方は、本誌でごらんください。