【試し読み】独り暮らしの姉が、不満や愚痴ばかり言うので、嫌になります。どのように接すれば?

73歳・女性

77歳の姉は、夫が亡なくなり、独り暮らしになりました。心配なので、遊びに行くのですが、顔を合わせると、自分の子どもや嫁の悪口ばかり言うので、聞くのが嫌になります。子どもや嫁や孫も、姉に寄りつかなくなってしまい、ますます独りぼっちになり、不満や愚痴ばかり言っています。どのように接したらいいでしょうか。

明橋大二先生

大切な人を亡くした悲しみから、立ち直っていないのが、原因かもしれません

夫を亡くし、独りぼっちになったお姉さん。さぞかし寂しいだろうと思って、会いに行っているのに、聞かされるのは子どもや嫁の悪口ばかりとなると、嫌な気持ちになるのは無理もないと思います。

子どもや嫁も最初から寄りつかなかったわけではない、それなりに心配もしている、なのに、お姉さんのように文句ばっかり言っていると、それは寄りつかな物事をプラスに考えなきゃ、とアドバイスしたくもなるでしょう。

しかしおそらくそのように助言しても、このお姉さんは聞く耳を持たず、また同じような愚痴を繰り返されるので、悩んでご相談されているのだと思います。

なかなか人の性格というものは変えるのは難しいものですが、ただこのご相談をお聞きして、精神科医として一つ気になったことがありました。

それは亡くなった夫のことです。

「77歳の姉が、夫を亡くし、独り暮らしになった」と、さらっと書かれていますが、これはお姉さんにとっては、人生の根底を揺るがすような、大変なことだったのではないでしょうか。

どのような亡くなり方をされたのかも書かれていませんし、亡くなる前には寝たきりだったり、施設入所されたりしていたのかもしれません。しかしそれでも、お姉さんが77歳なら、おそらく50年くらいは連れ添ってこられたのではないでしょうか。たとえ再婚だったとしても、一緒におられた時間は10年や20年ではないはずです。お姉さんにとっては人生で最も大事な人だったのではないでしょうか(たとえ、けんかばかりの夫婦だったとしても)。そのような夫が亡くなって、何の影響もない、という人はおそらくありません。

悲しみ、孤独、絶望、後悔、自責、怒り……。さまざまな感情が生まれ、その気持ちに向き合わざるをえなくなります。

精神分析学では、この作業を「喪の仕事」といいます。大切な人を失った時、人は、喪の仕事に向き合わざるをえないし、またきちんと向き合ってこそ、そこから立ち直ることもできます。きちんと向き合うということは、悲しむべきことをしっかり悲しみ、怒るべきことをしっかり怒る、ということです。

大切な人が亡くなったのに、悲しむというのは分かるが、怒る、ということはどういうことか、と思う人もあるでしょう。しかし大切な人であればあるほど、その人が亡くなった時、人は、激しい怒りにとらわれることもあるのです。それは、「どうして自分を置いて逝ってしまったのか」「どうして自分を独りぼっちにするのか」「あんなに私のことを生涯守る、と言っていたのに、あの言葉は、噓だったのか!」という怒りです。

「そんなこと言っても、相手は死にたくて死んだわけではない、きっと後ろ髪引かれる気持ちで死んでいったと思うよ」と慰めても、現実に一人残して逝ってしまったことは事実です。取り残された者として、悲しみと同時に怒りを感ずることは、決して不自然なことではないのです。

そういう気持ちにしっかり向き合って、誰かに受け止めてもらう、どこかにぶつける、ということがあって初めて、大切な人を失った悲しみから立ち直っていくことができます。逆に、この喪の仕事をしっかりしていないと、後で、不可解な行動に出たり、精神的な病気になったりしてしまうのです。

(『月刊なぜ生きる』令和3年8月号より一部抜粋)

続けて本誌では「喪の仕事」を手助けするためにできることを紹介しています。

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『月刊なぜ生きる』令和3年8月号
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