群馬県 伊香保温泉の魅力を全国へ
ホテル松本楼の挑戦
どん底から理想の旅館へ 全社員が、心を一つにして

伊香保温泉「ホテル松本楼」若おかみ
松本 由起さん

伊香保温泉のシンボルは、天に向かって続くような長い石段。現在、365段もあります。

石段を最初に築いたのは、戦国時代の武将・武田勝頼でした。長篠の戦いで織田信長と徳川家康の連合軍に敗れ、負傷した兵士の傷を癒やす湯治場として整備したのです。

400年以上の歴史を誇る伊香保温泉の魅力を全国へ発信しているのが、「ホテル松本楼」の若女将・松本由起(まつもと ゆき)さん。NHKラジオにレギュラー出演するなど、活躍の場が広がっています。

ホテル松本楼は深刻な経営危機に陥った時がありました。どん底で知らされたもの、それは「人は宝」だったと語る若女将に会いに、伊香保温泉へ向かいました。

聞き手/山崎豊(本誌編集長) 


群馬県渋川市の伊香保温泉へは、東京・新宿から高速バスが出ているので便利です。

ホテル松本楼は、伊香保温泉内でも、「黄金の湯」「白銀の湯」の二種類の源泉を持つ数少ない宿の一つ。最上階にある展望露天風呂が大人気です。

ホテル一階ラウンジで、若女将の松本由起さんから「人は宝」と知らされた経緯をお聞きしました。

これほど女性の感性を
生かせる道はない

山崎 家業を継いで、女将になろうと思ったのは、いつ頃ですか。

松本 小学校3年の時です。

山崎 一般には、家業を継ぐことに複雑な思いを持っている人もありますね。

松本 私には、「女将」として働く母の姿がキラキラ輝いて見えて大好きでした。子どもの頃から「日本一の女将になりたい」と、ずっとあこがれていました。それに、両親の育て方がよかったのだと思います。旅館を経営するには、厳しいこと、つらいこともあったと思いますが、父と母は、子どもの前では絶対にけんかをしないと決めていたそうです。「女将 」は、いい仕事なんだなと思っていました。

山崎 実際に旅館を経営する立場になって、その思いは変わりませんか。

松本 「この道に悔いなし」です。本当に、いい仕事です。これほど女性の感性を生かせる仕事はないと思います。

最大の試練から、
最高の教訓を得る

松本 主人(光男さん)と結婚したのは14年前です。婿として入った主人は、最初の3年間は父と母のやり方を学び、それから自分の意見を言おうと決めていたそうです。

4年めに、父と母が、「これから40日間、家を空けてみる。その間、おまえたちで、旅館の経営ができるかどうか、やってみなさい」と言って、船で世界旅行に出掛けたのです。

ところが、両親が出発して一週間たった時、総料理長が結核になったのです。

その一週間後に、総支配人が肺炎になって入院してしまいました。

さらに追い打ちをかけるように、調理部長が脳出血で倒れてしまったのです。

予想もできなかったことが次々に起きました。「私たち、試されているんだ!」と思って、主人と頑張りました。

当時の従業員の平均年齢は58歳だったのです。このままではスタッフの高齢化が進み、先がどうなるか分かりません。

そこで、新卒者の採用を積極的に行い、若返りを図るという方針を打ち出しました。

また、マルチタスクといって、全社員が、与えられた職種だけをするのではなく、一人が何役もこなして効率的な運営を目指そうと宣言したのです。

これらの改革案には、ベテランの従業員から、「そんなこと、聞いていない」と強い抵抗がありました。自分の仕事や存在が否定されたように受け取られたのです。その結果、半年間で、85人いた従業員のうち、30人が辞めていきました。

その中には、せっかく採用した新卒者8名も含まれていました。ベテラン従業員から「この会社に未来はないから、辞めたほうがいいよ」と言われて去っていったのです。

スタッフが30人も辞めてしまうと、私と主人が朝から晩まで働いても、その分の仕事を補うことはできません。私がカラオケクラブのママを代行し、主人がラーメンコーナーをやって、夜中まで働いてもうまくいきません。「松本楼は倒産する」と、うわさが流れるほど悲壮感が漂っていました。

そんな時、ある人から、「あなたたちは、辞めた人たちを恨んでいるでしょう」と言われたのです。

本当に、恨んでいました。「新入社員にまでひどいことを言って、皆を巻き込んで辞めていくなんて、許せない!」と答えていました。

すると、「辞めていった人たちも、みんな長い間、松本楼を支えてくれていた人なのですよ。感謝の心を持って、辞めた人のことを、一人一人思い浮かべてみてはどうですか」とアドバイスを受けたのです。

そう言われると、辞めた人が、本当に頑張ってくれていた頃の様子が浮かんできました。人のせいばかりにしていてはいけない、誰かを恨んではいけないと反省したのです。

そして私と主人は、辞めた新入社員を訪ねていき、「会社の、どんなところが、いやだったのでしょうか」と、頭を下げて聞きました。

山崎 そこまでされたのですか。会社を再建するには、原因を明らかに見つめることが大切なのですね。

松本 はい。辞めた人たちからは、「先輩たちが、人によって教えることがバラバラで、その人のやり方と違うと怒られる」など、具体的な声を多く聞くことができました。その問題点を、社内で共有し、すべて改善して、次の年の新卒採用に臨みました。

今では、新入社員を入れるようになって11年になりますが、皆、残ってくれるようになりました。従業員の平均齢も30.5歳となり、とても活気に満ちています。ありがたい勉強をしました。

(『月刊なぜ生きる』令和4年7月号より)

続きは本誌をごらんください。

『月刊なぜ生きる』令和4年7月号
価格 600円(税込)