小説 泣こよかひっ飛べ ー第1回 憧憬(あこがれ)|中仕切り(人生の折り返し)

私たちは小さなころから「そんなことが出来るものか、出来る訳がない」という大人の深い考えと、「ユメのようなことを思ったりしないで、しっかりと自分の現実というものを見なさい」という思いやりの言葉によって、どれほど多くのことを考えたり、行動しないでしまったことだろう。

これから話す物語は、そうした現実の生活を少し離れて、豊富な想像力と、物に感じゆく夢見心地になれるような無窮の胸を持つ人に語るのです。

物語の前に

この話のあった江戸時代後期、日本は世界に向けた窓を閉じて深く永い眠りの最中だった。日本列島すべてが海で囲まれているために、大陸までの距離も、実際にも増して、およそ、遠くに思われた。その為、眠りを覚ますような世界のニュースも、ここまではほとんど伝わる事もなくて、その眠りは永遠に続く事が約束されているかのようだった。

1639年以降、当時は鎖国という言葉こそなかったものの――確かに明かり取りほどの小窓はほんの少しだけ開かれてはいたが――外への窓は頑固なまでに閉じられていて、文明という時計で計るなら、日本は世界からずっとずっと離されていた。

それでも、何世紀にもさかのぼって心の時計で計るならば、この時代ほどこれまでの歴史上もっとも平和な時はなかった。それは後々の時代に平和を表現する時の代名詞として、しばしばこの時代の名称が使われている事からもよくわかる。

子供たちにとっても同じであった。学校の勉強に悩まされる事もなく、躾といっても身分をわきまえる事を教わるだけでその他にはあまり教育されることはなかった。むしろ知る事を許されなかったといった方が良い。

国にとっても普通の人々にとっても新しい知識は良い事ではなかった。なまじ物を知ると想像する。想像する事は変化であり、数々の古来からの良い習慣が崩れて社会の秩序を乱す事になると思われていたのである。想像家は育ちの悪い事であった。ことに武士にとっては卑しい事とされていた。

この話はこうして日本中がひっそりとした深い静寂の中で、平和にまどろんでいた―― 江戸時代もそろそろ後半になろうとしていた頃の事である。

(『月刊なぜ生きる』令和4年2月号より)

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