【小説】泣こよかひっ飛べ
第9回 絆

(前回までのあらすじ)

桜島を臨む港から、武者修行に行く約束をした捨八たちだったが、残るはずの啓一郎が一人舟に乗り、浜之市に着く。武者修行にしては小さな啓一郎に、興味を持つ町人の子供たち。信吉は唐突に「綱ん番する?」と言い出す。相手は刀を持ってくるという綱ん番。武士としてここで怯む訳にはいかないと、よく分からないまま引き受ける啓一郎であった。

◆◇◆

啓一郎はそれを見送って、宮司に言われたとおり社務所に向かった。

社務所ではやはり昼間の老婆が取り次ぎに出てきた。戸が開くと同時に土間にたまっていた青白い煙が鴨居の下をくぐって、なびいて出ていって、消えた。

老婆の様子は最初に受けた時ほどの印象ではなかった。それだけに啓一郎は老婆に対してすまない気持ちがした。

中に入ると部屋は6帖の畳の間で真ん中に囲炉裏が切ってある。黒光りのする太い床縁のある床の間があって、骨々しい太字の、啓一郎にはわからない漢詩が掛けてある。その床の間を背に、火の気のない囲炉裏を前にして宮司が座っている。啓一郎は中に入ったものの、どうしてよいかわからずに、土間に立ったままでいた。それを見て、ニコニコとした顔で「まあーお上がりなさい」と言う宮司のすすめるままに上がって宮司の向かいに腰をおろした。

束ねた両刀を脇に置いた。

そして、朝鹿児島を出発って初めて、袈裟にかけた打飼いをといた。

宮司は老婆を呼んで、食事を出すように言った。前もって仕度がしてあったとみえて、間を置かずに二人分の膳が出た。一汁一菜の極粗末なものだった。

啓一郎は老婆のすすめるのを断って、一膳で箸を置いた。武士は事にかかる時には、飽食はしない。啓一郎は綱ん番の事が心にあったのだ。

老婆が膳を下げていった。

啓一郎は丁寧に食事の挨拶をしたうえで宮司に、「少しお尋ねしたいことがあります」と、膝を正し、「綱ん番とはどういうものですか」と、改めて聞いた。

宮司は啓一郎の顔をちょっと見て、答えた。

「綱ん番……さよう、あれは、ここの者にとってはかけがえないものでして、こう申してもよその方にはおわかりにはなりますまいが」と口を切って、綱ん番のことを語った。そしてその中に、こんなことを話した。

「……なにぶん、あの綱は差し渡し一尺半*1、長さが三十間も*2あるので、それを作るのに使う茅の束はそれは並、大抵の数ではありません。その茅ですが、7、8月の暑い最中に、下は7歳の稚児から、上は15歳まで、先ほどご覧になられた子供たち、あの20人足らずの子供たちが背負子を背負い、朝から晩まで、時には一日中かけ、茅を探して山の中を歩き回るのです。何しろ、十五夜の綱引きはこの茅抜きから始まりますのでな。もう随分昔のことになりますが、私なども、そうしたものです」

そして、話のついでにと「取り留めのない事で、それに、余程年月も経っているので、記憶もおぼろげですが」と断って、こんな昔の話をした。

*1  一尺半 ……約45センチメートル。

*2  三十間……約54メートル。

(『月刊なぜ生きる』令和4年10月号より)

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