芸人・ゴミ清掃員の滝沢秀一さん「ゴミは人の生き方を映し出す鏡です」
ゴミ清掃員としても活躍する異色のお笑い芸人、滝沢秀一(たきざわ しゅういち)さん。
生活のために始めた仕事だったが、日々、大量のゴミと格闘するうちに見えてきたのは、ゴミは「その人の分身」「心を映す鏡」ということだった。
ゴミの中から、どんな人間の姿が見えてくるのだろうか。
ユニークな視点でゴミ問題を描いた著作が評判を呼び、環境省の「サステナビリティ広報大使」にも選ばれた滝沢さんに聞いた。
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東京・新宿にある太田プロダクション。その一室に、お笑いコンビ「マシンガンズ」の滝沢さんが、洗いたてのブルーの清掃ユニホーム姿でさっそうと現れた。
清掃作業に入るのは週に3日から4日という。朝5時に起きて午後まで清掃車とともに東京都内を駆け回る。
「36歳で始めた時は大変でした。重いゴミを持ち上げたり清掃車と並んで走ったり、過度の運動で体中の毛細血管が切れて目も真っ赤になるんです。作業が終わってから舞台に立つんですが、ウケませんよね。目が真っ赤なヤツがやってる漫才なんて、怖いですから(笑)」
苦労を重ねて10年。今はこの仕事に誇りを感じる。
「ゴミを回収してすっきりしたストリートを眺めていると、満足感がありますよ。俺たちがこの街の日常を守っているんだなってね」
コロナ禍で広がった
「ありがとう」の声
こうした日常のありがたさを改めてかみしめることになったのは、コロナ禍がきっかけだった。在宅ワークの広がりなどで増量した家庭ゴミの山の前で立ちすくんだ。
「怖かったですね。作業中に破れた袋からはゴミが飛び出してきますから。自宅待機の感染者が増えた時は、この中にウイルスが付着したものもあるのかなって。僕らも命懸けですよね。家族もありますし、消毒は徹底してやりましたね」
ただ一方で、通りすがりの人たちから「いつもありがとう」「ご苦労さまです」の声がかかるようになった。
「以前は、あまりなかったことです。『清掃車、くせえ』とか『早くどけよ』みたいなことを結構、言われていたので……」
「清掃員が感染して清掃崩壊が起きたら、街はゴミに埋まってしまいます。皆さん、改めて日常の大切さに気づいたのではないでしょうか。日常を守るって、実は大変なことなんですよね」
日常を守る
日本一のゴミ清掃員に!
もっとも、滝沢さん自身、妻の出産費用のために始めたこの仕事には当初、好きでやってるわけじゃない、という思いもあった。しかし、作業を続けるうちに、「半端でないゴミの量」に衝撃を受けるようになっていく。
「日本は、あと約20年でゴミの行き場がなくなるところまで来ています。みんな目を背けていますが、このままいけば今の日常は崩壊してしまう。日常を守るために、本腰を入れてゴミと向き合おう。どうせなら日本一のゴミ清掃員になってやろう、と思ったんですね」と振り返る。
思いがけない人生の転換点だった。
「清掃の仕事を始めて3年めの頃です。それで、改めてゴミをよく見つめていったら、いろんなことが見えてくるようになったんです」。
一日に数千個もの廃棄物を眺めてきた滝沢さんの目が、静かに輝き始めた。
ゴミにも個性
人柄が表れる
──どんな世界が見えてきたのですか。
同じように見えても、ゴミにも個性があって、人柄が表れるんです。いちいち袋を開けるわけじゃありませんが、出されたゴミを見ていると、その人の生活ぶりが分かります。ゴミはその人の分身なのです。
例えば、ファストフード店のアップルパイばかり食べている人もいます。ゴミ袋の中はパイのパッケージでいっぱい。よっぽど好きなんだなあって思いますね。逆に食べ物の破片が全くない人もいて、家で料理しないんだなとか、生活の様子が見えてくるんです。
可燃ゴミの袋に、化粧品のガラス容器や、まつ毛の形を整えるビューラーなんか金属製の物も平気で放り込む人もいます。自分の顔には気を使っても、他には神経を使わない。ゴミって、生活や人柄を映す鏡みたいなものなのです。
(『月刊なぜ生きる』令和4年1月号より)
ブログやTwitterなどのSNSでゴミの分別方法を発信している滝沢さん。
分別に気をつけるようになったのは、高級住宅街の方が、一般の住宅街よりもゴミが少なく、モノを大事に使っていることを実感したからだそうです。
「ゴミ」を通して今の自分を見つめるようになったエピソードや、30代で亡くなった同僚を通して知らされた「日常」の大切さなどを掲載しています。
全文をお読みになりたい方は『月刊なぜ生きる』令和4年1月号をごらんください。
『月刊なぜ生きる』令和4年1月号
価格 600円(税込)