数学の力が少年院の子どもたちを変えた(数学教育者・著述業 髙橋一雄さん)

「やり直す機会を奪わないで」

「数学を勉強していて涙が出たことがあるかな?」「ボクは何度もあるよ」──。

勉強のできない苦しみに寄り添い、優しく語りかけながら、数学の面白さを教えてくれる先生がいる。

ロングセラーの数学参考書の著者としても知られる髙橋一雄(たかはしかずお)さん。

どんな子も決して置いてきぼりにしない授業は、少年院の子どもたちの学力をもみるみる伸ばし、周囲を驚かせた。

「数学が分かると、生きる力がわくのです」と数学の不思議な力を語る髙橋さんに聞いた。

数学のできない苦しみ
痛いほど分かる

数学に苦手意識を持つ人たちに髙橋さんはこう語りかける。「決して難しい科目ではありません。一つ一つ、ちゃんと理解して進んでいけば必ず分かります」。その結果、「頭の中に浮かんだ抽象的なことを具体的に表し、論理的に考えることができるようになる。すると、自信や向上心が生まれて、人生の選択肢も広がっていくのです」

そんな髙橋さんの授業が、分かりやすいのはなぜか。

「私自身、数学が分からない苦しみを味わってきたので、数学につまずいた人の気持ちは痛いほど分かるんです」

髙橋さんは小中学校時代、ぜんそくの発作がひどく、学校には半分も行けなかった。

「だから通知表はほとんど『1』か『2』。ローマ字も覚えられず教室に最後まで残されたり、零点の答案をクラスメートに黒板に張り出されたりして、悲しい思いをしました。そんな子どもは、授業の流れを壊すので、先生も相手にしませんよね。教室にいても、自分はいつも周囲の人の目に映らない空気のような存在に感じていました」と振り返る。

高校に進学して、ぜんそくは改善したが、次の難問が待っていた。

「俺はどうしてバカなんだろう」
涙にぬれた参考書

ぜんそくの経験から髙橋さんは「苦しむ病人の元へ駆けつける医師」を目指した。だが、医学部受験の参考書を読んでも「何が書いてあるのか全然分からない。どうして俺はこんなにバカなんだろう。ふと気がつくと参考書がぬれていました。涙でした」

浪人を重ね、20歳の頃、「よし、分かるところまで戻ろう」と小学4年の分数まで戻ってやり直すことにした。分数計算でなぜ通分するのか、四則計算ではなぜ掛け算、割り算を先にするのか、自分で説明できるまで考えた。

表面的な理解でなく、問題の本質を考える習慣がつき、分かる、分かる、の積み重ねで力がついていった。「分からない時は、“戻る勇気”が大切です」。この頃の経験が後に、髙橋さん独特の指導法を生み出していく。

(『月刊なぜ生きる』令和4年4月号より)

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