【試し読み】液体ガラスを使って、火にも強い「夢」の木材を開発した塩田政利さん
火災ゼロを目指して72歳からの挑戦
「命」を大切にする社会を
木造建築の火災をゼロにしたい──。そんな願いから、火に強くて腐らない「夢」の木材を開発した人がいる。東京・八王子市で建材メーカーを経営する塩田政利さん(84)。この木材はすでに、JR山手線の駅舎や大手カフェチェーンなどの商業用施設で使用され始めている。木に液体化したガラスをしみ込ませるというアイデアから生まれたこの建材には、子供の頃に火災を体験した塩田さんの思いが込められている。80歳を越えてなお、その普及に情熱を燃やす原動力はどこから生まれるのだろうか。
木のよさを残し
液体ガラスで頑丈に
JR八王子駅から歩いて数分のビルの中に塩田さんの会社はあった。木材といえば、一般に燃えやすく、劣化も進みやすいというイメージがあるが、木が果たして火にも強くなるのだろうか。ぶしつけな質問にも、塩田さんは一つ一つ、血色のいい笑顔で答えてくれた。
木材が強くなるのは、「液体ガラス」の働きによるものだという。
ガラスは通常、1400度以上の高温で液体化するが、塩田さんは、ガラスを常温で液体化させる技術の開発に成功。「この液体ガラスを木材にしみ込ませると、火に強いハイブリッド化された木材ができ上がるのです。ガラスの主成分は石英という石ですから、火だけではなく、腐食や衝撃、シロアリにも強くなります」
では、木材がガラスのようなものになってしまうのか?
「そんなことはありません。木の中にある微細な空洞は残るので、通気性や吸湿性、断熱効果、香りやぬくもりもある木材の特長は生きているのです」
火災実験の映像を見せてもらった。
画面には、二つの小さな木製の小屋がある。向かって右側が、液体ガラスを使った木材、左側は、通常の木材で作られている。そこへガソリンをかけて火を放つと、左側は間もなく焼け落ちたが、右側は黒いススに覆われたものの、原形のまま残った。表面のススを紙やすりで落とすと、元の木肌がよみがえってきた。
(中略)
真っ赤に燃える徳島の町
人生の見え方が変わる
昭和20年7月4日午前1時過ぎ──。塩田さんの生まれ故郷、徳島市の上空に百機を超える米軍の爆撃機B-29が飛来、2時間近くにわたって焼夷弾の雨を降らせた。市の郊外にあった自宅で寝ていた当時7歳の塩田少年は「徳島の市街地が燃え、夜空が真っ赤になっていた」のを今も覚えている。
この時、家に父母の姿はなく、塩田少年は2つ違いの妹の手をしっかりと握って近くの山の斜面を登り始めた。
「鬱蒼とした林に覆われた真っ暗な山の中は、鳥や獣がうごめいていて、もう本当に怖くて怖くて生きた心地がしませんでした」。それでも、「妹を守らなくては」の一心で、涙をこらえながら、頂上まで30分ほどの山道を登り切った。
「世の中にこれ以上、怖いことはないと思いましたね。そんなことを経験すると、度胸がすわってしまうのですね。それまでは、泣きみそ(泣き虫)で、弱虫で、いじめられると、妹が敵を取りに行ってくれていたくらいでしたが、この時からガキ大将になってしまいました」と塩田さんは振り返る。
空襲による炎は徳島市の約6割を焼き、約千人もの人が猛火にのみ込まれていった。それまで確かだと思っていた日常の光景が、一夜にしてひっくり返ってしまう現実は、塩田少年の心に焼きつくことになった。
長もちの秘訣は「石」
世界の遺跡にヒント
「ガキ大将」になった塩田さんは社会に出てもリーダーシップを発揮してバリバリ働いた。そんな塩田さんがやがて、液体ガラスの開発を思いつくのは、「勤めていた土木関連の会社で、鉄筋コンクリートの建築物が、40〜50年しかもたないことを知り、このままでは日本のインフラが大変なことになると思った」のがきっかけだった。
「水と混ぜて作るコンクリートは、乾く時に内部に小さな隙間ができて、そこに雨水が浸透します。すると鉄筋が錆びて膨張してコンクリートにひびが入り、そこにまた雨水が入り込んで老朽化が進みます。何か改善策はないかと、アメリカからヨーロッパ、中国などを回る旅に出たのです。いろんな建築物を見て回りましたが、あらためて気づいたのは、世界の歴史的な遺跡のほとんどが自然石で造られていることでした。石なら、千年だってもつわけです」
塩田さんはその後、石英などを溶かして造るガラスに注目し、ガラスの原料の配合や手順を工夫して、常温でもガラスを液体化させる技術を開発。液体ガラスをコーティングして鉄筋コンクリートの寿命を延ばす技術を商品化することに成功する。
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この成功が、塩田さんに新たな「夢」を吹き込むことになる。木材に、液体ガラスの技術を応用すれば、火災に強い木造建築ができるかもしれない、火災の犠牲者を減らすことができる──? 夢の実現に向けて平成22年、現在の会社を設立。72歳からのチャレンジが始まった。
(『月刊なぜ生きる』令和3年6月号より一部抜粋)
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