【試し読み】落語家・古今亭菊之丞「人間というのは、失敗するものなんですよ」
「失敗してもいいんだよ。気にせず生きていくんだよ――。これが落語の大事なメッセージの一つです」。こう語るのは、古今亭菊之丞さん。
対談の最初から、ぐいぐいと引き込まれていきました。「ワッハハ」と笑わせるだけが、落語ではなかったのです。
「色気と艶があり、江戸、明治を感じさせる噺家」と評判の菊之丞師匠から、落語の魅力と、その奥深さをお聞きしましょう。
菊之丞師匠は、テレビ、ラジオの落語番組で活躍するだけでなく、役者や声優としてドラマや映画にも出演されています。
失敗しても、いいんだよ
山崎 落語の中に、人間の生きざまがすべて入っていると思っていいのでしょうか。
菊之丞 いいと思いますよ。「人間というのは、こういうものですよね」と表したのが落語だといわれています。
こんな小噺があります。
道端に、コチンコチンに凍りついたお金が落ちていた。
取ろうとしても、どうしても取れない。そこで、自分の小水をかけて氷を溶かそうとしたら……、股ぐらがぐっしょりぬれて目が覚めた。
お金が落ちていても、拾わずに、すっと行ってしまう人はありませんよね。「人間とは、こういうものでしょ」ということを、ぐっと一席にまとめたのが落語なんですよ。
山崎 私たちは出版社ですから、歴史上の人物の成功談や失敗談などから、生きるヒントを集めて本を作ってきました。落語にも、そういう面があると思っていいでしょうか。
菊之丞 講談の場合は、今、言われたことと同じですね。主人公が武将であったり、侍であったりします。そういう人たちが、どのようにして手柄を立てたり、戦場で活躍したりするかを描きます。
しかし落語には、そういう偉い人が、あまり出てきません。なんか、必ず失敗するんですよ。何かを教わっても、うまくいったためしがないんです。
落語は、「人間というのは、絶対に失敗するものなんだから、気にせず生きていくんですよ」と、言っていると思うんです。失敗しても、いいんだよ、と言っているのです。
山崎 そのメッセージ、いいですね。「失敗してもいいんだよ」というのが。
菊之丞 ええ! ことごとく失敗するんです、落語に出てくる人たちは。うまくいったためしがない。
山崎 世の中には、失敗して、つらい思いをしている人が、たくさんいます。でも、落語に出てくる人たちは、自分と同じような失敗をしたのに、笑って生きている……。それを聞いて、心が癒やされていくのですね。
菊之丞 そうなんですよ。
山崎 一時的であっても、苦しみから抜け出して笑うことができれば、今の自分や、周りのことを見つめ直す余裕が出てくるのではないでしょうか。
菊之丞 「実は私、死のうと思っていたんです」と言う人がありました。いつ自殺しようかと、悶々と悩みながら町を歩いていた時に、ふっと寄の前を通りかかったそうです。何だろう?と思って中へ入り、落語を聞いて笑っているうちに、死ぬのがばかばかしくなったといいます。こんな話を、よく聞きますよ。
山崎 寄席が、命を救ったんですね。落語の力は、大きいですね。




プロフィール
古今亭 菊之丞 (こきんてい きくのじょう)
本名・小川亮太郎
昭和47年10月7日 東京都生まれ
平成3年3月 千葉県立国分高校卒業
5月21日 二代目古今亭圓菊の門下となる
7月1日 上野鈴本演芸場にて前座となり菊之丞を名乗る
10月10日 新宿末廣亭にて初高座
平成6年11月1日 菊之丞のまま二ツ目に昇進
平成15年9月 初代古今亭菊之丞として真打昇進
令和2年7月 一般社団法人落語協会理事に就任
(『月刊なぜ生きる』令和3年10月号より)
本誌では続けて、落語家になるまでの道のりや、プロと素人の違いなどを語っていただきました。
全文をお読みになりたい方は『月刊なぜ生きる』令和3年10月号をごらんください。




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