荒々しい漁師をたばね日本の漁業を守る
「ふつう」に縛られると、幸せにはなれない
株式会社GHIBLI 代表取締役
坪内知佳(つぼうち ちか)さん
日本テレビ系で10月に始まったドラマ「ファーストペンギン!」の主人公のモデルとなったのが坪内知佳さん。アジとサバの違いも分からなかった坪内さんが、日本の漁業を再生しようと山口県の島の漁師たちの中に飛び込んだのは12年前、24歳の時だった。以来、荒々しい海の男たちを束ねて、漁師自らが魚の加工や流通・販売にも乗り出す革新的な事業モデルを作り上げていく。「小娘が生意気な」「よそ者が」と揶揄されながらも、荒波を乗り越えて進む坪内さんのエネルギーはどこから生まれてくるのだろうか。
漁業を救う「女ボス」
テレビドラマに
山口県萩市の旧城下町から北東へ車で約20分。日本海の潮風を受ける笠山山頂の展望台に立つと、青い海の向こうに大きなフライパンを伏せたような形の島影が見える。これが大島(通称・萩大島)。この人口600人余の島から、坪内さんの漁業再生物語は始まった。
取材の約束をした海の見えるホテルのロビーに現れた坪内さんは、キリリと背筋の伸びたスリムなスーツ姿。航空機のキャビンアテンダントを思わせるたたずまいに、荒くれ漁師たちを率いる「ボス」のイメージはない。そんな坪内さんと漁師たちを結びつけたのは、未来の見えない漁業への危機感である。
魚獲量は減る一方なのに、燃料費などのコストは上がり、漁師は減るばかり。「このままだと日本の美しい漁村は消えていってしまう」と語る坪内さんが取り組んだのは、昔ながらの漁業の慣習にメスを入れていくことだった。だから「漁業関係者との意見の衝突はしょっちゅう。時には取っ組み合いのけんかもやりました」と振り返る坪内さんの挑戦はテレビドラマになるほど、波乱に富んだものだった。
運命の出会い
「萩の魚は私の宝」
福井市生まれの坪内さんが萩にやってきたのは、結婚がきっかけ。その後、離婚により24歳で一児のシングルマザーに。生活のため旅館の仲居さんを指導する仕事をしていた宴会の席でたまたま出会ったのが、萩大島の漁労長、長岡秀洋さんだった。
仕事の紹介などをしてもらう中で、ある日、相談を受けた。「海は魚が取れんくなってきよるけぇ、お先真っ暗。パソコンが得意なら、俺らの未来を考える仕事を手伝ってくれんか」──。
「漁業は未知の世界でしたが、島の未来を心配する純粋な気持ちを感じました。この人たちとなら、私の人生にとって意味のある何かができるんじゃないかって思えてきたのです」
彼女が化学物質過敏症だったこともその決断を支えた。「私は、添加物の入った食品のアレルギーでよく倒れてしまうのですが、萩の魚ではそんなことは一度もありません。体に優しい萩の鮮魚が素晴らしい宝だと、私は誰よりも感じていたのです」
取った魚を直送する
萩大島船団丸の誕生
それまでの漁業といえば、「漁師が取った魚は漁協に持ち込まれ、仲買人などを通して、小売店へと回っていきます。しかし漁獲量が減った今、この方式では、漁師たちの手にする利益は少なく、やっていけません」。そこで考えたのが、「漁師が、取った魚を箱詰めして宅配便でお客さんに直送するシステムです」。商品名は「粋粋(いきいき)ボックス」──。
つまり、「漁場に出た船の上から、取れた魚の様子がLINEで、浜にいる私に送られてきます。私はその情報を基にリアルタイムで料理店などとやり取りをして注文を受ける。船の上で魚の血抜き作業を始め、港に戻るとすぐに箱詰め。早朝のトラックで出荷するので、新鮮でおいしい魚を届けられるのです」
この漁師による自家出荷方式は平成24年5月、農林水産省の「六次産業化法」の認定事業に選ばれ、漁師たちによる合同会社「萩大島船団丸」が事業主体として本格稼働を始める。その代表が坪内さん。長岡さんとの運命の出会いからわずか二年半後のことだった。
(『月刊なぜ生きる』令和4年12月号より)
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『月刊なぜ生きる』令和4年12月号
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