【小説】泣こよかひっ飛べ 第12回 踊(おどり)村

(前回までのあらすじ)桜島を臨む港から、武者修行に行く約束をした捨八たちだったが、残るはずの啓一郎が一人、舟に乗り旅に出た。たどり着いた浜之市で、町人の子供たちから綱ん番を引き受け、無事に綱を守り遂げた啓一郎。翌朝、日向を目指して出発し霧島へと進む道中、日当山に向かう親娘に出会い、娘から踊りを見せてもらう。親娘と別れた啓一郎は、錦定寺へと山道を進むのであった。

◆◇◆

日当山へ向かう親娘と袂を分かち、〝今日も明日もいい天気〟という娘の前兆を信じて、啓一郎は霧島の山へと向かって歩みを進めた。

藁葺きの農家があちらこちらに散在する小さな村をいくつか過ぎて、一時*1も歩いた頃、これが霧島の山道だろうと思われるこんもりとした森の中に入った。

大きな黒い岩がむき出しているが、ゆったりとした山道は、登るというよりも山の中腹を傾斜に沿って横切って歩くという方が当たっている。

山道は静かだった。

落ち葉を踏む草鞋(わらじ)の底に冷んやりとしたしめりを感じながら、一歩一歩力を込めて歩いた。

途中、大きな岩がいくつも埋まっている川の岸におりて、朝、神社のばあさんが持たせてくれた握り飯を食べて一休みした。

木々の間を渡ってくる風は漸く冷たくなってきた。

深まる自然に、啓一郎はだんだんと寂しさを感じ、胸を引き締めるようにして歩いた。

いくつかの森を通り、又、他の森の中へと入った。

この山の中をどれほどの時間を歩いただろうか、道の前方が真白く光っている。啓一郎は光に向かって足を早めた。道はにわかに広々としたところに出た。

森を越えたのだ。

ここが踊の村だろう。

日は西に傾きかけてはいるがまだ明るい。思ったより早く着いたものだから、錦定寺を探す前に村の中を歩いてみようと思った。

道に沿って点々と五、六軒の家が立っている。そのうちの一軒で、年寄った老夫婦と見えるのが、農作業から戻ったのか、農具をしまっているのに会った。

二人とも垢じみた手拭いで身体をはたいている。粗野な、日に焼けた顔は、男とも女ともつかないような感じだ。

二人は啓一郎を見ると手を止めて珍しそうに眺めた。

小さな辻をはさんで道は、家続きの見えるところに出た。

〝茶・かつお節・畳・菓子・陶器〟などを商う店の軒が並んでいる。どれも小さなものだ。どれ一つとっても鹿児島のご城下の店にかなうものはない。

踊の村には宿はないと日当山であの父親が言っていたが、それも頷けると、啓一郎は思った。

近くで鍛冶屋が打つ鉄槌の音がする。

店や人家を見ながら辻を右に折れて、先を見ると、道の真ん中で十人ほどの子供が遊んでいる。近づいてみると、子供たちは一斉に遊びをやめて、啓一郎を見た。

その態度には田舎の子供にありがちなよそ者を見る不作法さも、おずおずした様子もない。なんのくったくもなく啓一郎のそばに寄ってきた。

啓一郎はその様子に少し戸惑って、咄嗟のことに、子供たちに向かって、錦定寺はどこだ、と聞いた。

「おら、知ってる」と間を置かずに、塊の中から子供の答えが返ってきた。

「おらも、知ってら」と、もう一人の子供が声を上げて指差す方を見ると、道を外れたすぐ右手の先の石段を登った高台に、木立に囲まれるようにして寺が立っている。

「連れてってやらぁ」と言って、二番目に応えた子供が現れて階段へと向かった。躊躇する間もなく啓一郎は後に続いた。その後ろを残りの子供たちが続いた。

ひよこの行列のように後先になって歩いていく。

階段を登って中程が、ちょうど広い踊り場になっている。啓一郎はちょっと立ち止まって振り向いた。

遠く雄大な霧島の山頂はまだ明るく、昼の光が拡がっている。

目を下に向けると、夕べの気配が迫る中に、小さいが一本の道を真直ぐに延びる家並みがしっかり町をつくっている。

一目見て、啓一郎はこの光景にくぎ付けにされた。

鹿児島のご城下のような重々しさも、賑わいもない。昨日見た魚の臭いの溢れたあの港町の浜之市でもない。小さいが何者にも侵されない整然とした佇まいである。この秘めた町に住むのは一体どんな人たちだろう。自分は今、まったく未知の地に来たのだと啓一郎は思った。同時に捨八たちが話していた〝殿様は剣の修業だけでなく、行く先々の町や人の様子もお聞きになる〟という言葉が、思い出された。

あの時はよくそのことは理解できなかったが、実際こういう場所に出合って初めてわかったような気がした。

この町を絵図にしたためようと思いたった。

*1 一時……現在の約2時間。

(『月刊なぜ生きる』令和5年1月号より)

続きは本誌をごらんください。

『月刊なぜ生きる』令和5年1月号
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