【小説】泣こよかひっ飛べ 第13回 少年たち・思いそれぞれ

(前回までのあらすじ)

桜島を臨む港から、武者修行に行く約束をした捨八、圭介、洋介の三人。長男で、まだ稚児であった啓一郎には残るように伝えた。しかし翌日、圭介、洋介は現れず、捨八が陰から様子をうかがっていると、残るように伝えた啓一郎が現れ、一人舟に乗り旅に出てしまう。旅先でこれまでにない経験をする啓一郎。一方、捨八、圭介、洋介の三人は、港に集まり、一人旅立った啓一郎について話していた。

◆◇◆

太陽はもはや沈みかけて、錦江湾を赤く染め始めている。

穏やかな波が弄ぶようにして揺らす小さな魚舟の艫に、捨八、圭介、洋介の三人がもの淋しげに座っている。

幾度見ても見飽きることのない畏敬と慈愛に満ちた桜島のたたずまいを、一昨日見た時と変わるはずがないのに、三人の少年たちは、今は全く違う畏怖の思いをもって眺めていた。

つい一昨日の夕暮れ時は、少年たちにとってどんなに晴れがましい時だっただろう。

「はじめはうまくいっていたのだ」と、うめくように弱々しく捨八が言った。

「でも……」

捨八は言うのをやめた。

これから先にどんなことが啓一郎の身に待ち受けているのだろうか。その先が見えないために、捨八の心には後から後から不吉なことが引き続いて連想された。それも脆弱な心がつくり出したことだけに、尚一層、現実味を帯びて捨八を苦しめた。自分はこれからどうしたらいいのだろうか。こんな大事な時に自分の力が頼りないことを悔やんだ。

ただ、一方で、捨八の心の中に立ち入ってみると、確かに何か行動を起こしたいと思うのだが、その行動したいこと、なすべきはずのことが何なのかわからない。ある瞬間、何事かが幻影のように浮かんでも、では、それをどうしたらいいのか、その方策がわからないうちに消えてしまう。

又、他方では、捨八はそのどうしたらいいのかを強いてわからないようにしたら楽だろうと思う。しかし、それでは人としての一分が立たないことも強く思っている。その間の中で苦しんでいることも確かだった。

旅に出た啓一郎のことを案じることは、圭介と洋介にとっても同じだった。

ただ、捨八と圭介、洋介の二人の間には些少の隔たりがあった。それというのも、二人の場合、それは苦悩というより、啓一郎の不在の物足りなさと、一人で旅立ったことへの驚きであった。

「なぜ、一人で行っちゃったんだろう啓一郎」とため息交じりに、圭介が言った。

「そうだよ、あいつ長男だよ」と洋介が言った。

「でもすぐ帰ってくると思うなぁ。啓一郎が名流の道場を打ち破って、看板を持ち帰ってくるなんて想像できないもの。あいつに武者修行なんてできっこないよ。だからすぐ帰ってくるさ」

「帰ってこられなかったらどうする」と言って、圭介が肩越しに捨八を見た。

その瞬間、捨八の顔には、不意打ちにあったような驚きの色が見えた。

「いったい、でたらめなんだよ。武者修行なんて」と圭介が言った。

「よく考えたらよかったんだ」

「俺がでたらめを言ったというのか」と捨八が言った。

「俺は昨日の朝、ここに来たのだ……。啓一郎が来るなんて思わなかったのだ」終いの方は、独り言のように言った。

「それでも何故、止めなかったの? 捨八さんが止めていれば……」

「だまれ!」

捨八の憎悪を帯びた険しい目が圭介の面に注がれた。

捨八は両こぶしで自分の膝を叩いて、目を足元の舟板に落とした。

昨日、あの時、行かない自分が、来ないはずの啓一郎を何と言って止められたのか、自分には、その知恵がなかった。それ以上に、あの時、勇姿にも見える啓一郎の前に出ていく勇気がなかった自分を恥じていた。それだから、圭介に真正面からその心を刺されたようで、返す答えもなく、思わず気持ちが激高したのだ。

しばらくの間、三人の間には完全な沈黙が続き、捨八の不規則な呼吸さえ聞き取れるほどだった。

(『月刊なぜ生きる』令和5年3月号より)

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