「被災した友人たちと生きる」
決断から12年

石巻市震災遺構門脇小学校 館長
リチャード・ハルバーシュタットさん

宮城県石巻市で、東日本大震災の教訓を得意の英語と日本語を使って伝え続けている人がいる。震災当時、地元で大学教員をしていたイギリス人、リチャード・ハルバーシュタットさん。原発事故の拡大も懸念される中、「自分だけ逃げるわけにはいかない」と、英国大使館からの帰国の勧めも断って現地にとどまることを決断。現在も地元の「震災遺構」の館長として活躍する。あえて被災地で生きる道を選んだのはなぜだったのか。「明日はどうなるか分からない命の大切さを伝えたい」と語るリチャードさんを訪ねた。

「あの日」のまま
時間の止まった小学校

リチャードさんが館長を務める震災遺構「門脇小学校」(石巻市門脇町)は昨年4月から公開されている。太平洋の見える鉄筋コンクリート三階建ての校舎は、石巻市を流れる旧北上川の河口付近にある。周辺の道路や建物の復興は進んだが、この校舎の時間だけは「あの日」のまま止まっていた。

校舎を見上げて息をのんだ。全体が無残に焼け焦げているのである。12年前の3月11日、ここは津波火災の中にあった。整備された外部通路を歩いて、各教室の中をのぞくと、壁や天井の建材は崩れ落ち、児童用の机やイスは金属部分だけがかろうじて焼け残っていた。静寂なモノトーンの世界は、当時の火の勢いを饒舌に語りかけてくる。

津波火災で焼けた教室が当時のまま残されている

「なぜ火災に?とよく聞かれますが、地震で火の出た家屋が津波に乗って次々に押し寄せてきて引火したのです。だから、屋上に避難した近くの住民もすぐに裏山に逃げなければなりませんでした。垂直避難にも危険はあるのです」とリチャードさんは流暢な日本語で説明してくれた。

隣接する展示館のパネルには当時の回想が記されていた。

「みんな一斉に机の下に潜って、お母さんお父さん助けてっていう声で教室が壊れそうでした」(児童)、「屋上に上がってこれで助かったと思ったら、もう火柱が上がって黒煙が迫っていた」(保護者)──。

命や生きる意味を
考えるきっかけに

東北の市町村の中でも被害が突出した石巻市(死者・行方不明3,500人余)。その市内でも、門脇小付近の被害は大きく、校内の児童は裏山に避難できたものの、周辺の南浜・門脇地区では500人を超える人が犠牲となっている。

「決して忘れてはいけない教訓が、この震災遺構には込められています。それを世界に伝えることが英語のネイティブスピーカーである私の役目だと思っています」とリチャードさんは語る。昨年、見学に訪れた人は月平均で約4,000人。リチャードさんの英語解説を目当てに訪ねる人も少なくない。

小学校に押し寄せる火災家屋の写真を見学者に示す

中でも、リチャードさんが伝えたいのは「被災地を、大変だった、かわいそう、と眺めるのではなく、自分事として受け止め、命や生きるということについて考えるきっかけにしてほしい」ということだ。その言葉には、自ら被災地で生きることを選んだ人ならではの力がある。

地震発生時、石巻専修大学の英語講師だったリチャードさんは、大学の研究室にいた。校内の暖房は止まり、凍える寒さの中で眠れぬ夜を過ごした。三日めに訪ねてきた地元の友人との再会を喜んだものの、親友の高橋譲さん夫婦が車ごと津波に巻き込まれて亡くなったことを知り、震災後、初めて大きな声をあげて泣いた。

最高の「バカヤロー!」
帰国か石巻か悩んだ末に

再会した友人と歩いた被災地は「まるでSF映画に出てくる核戦争のあとの廃墟」のようだった。リチャードさんはその後、親友の一人、後藤宗徳さん(愛称・ムーちゃん)の経営するホテルで付近の住民とともに避難生活を送るが、電気やガスの止まったホテルは「洞窟の中の地下都市」を思わせた。トイレも使えず、新聞紙の上で用をたしてゴミ箱へ。「普段ならできないことですが、それでもみんなが助け合って暮らしていました」

そんな窮乏生活の中に届いたのが、英国大使館からの連絡だった。「福島原発の事故を受け、日本を離れることをお勧めします。イギリスまでのチャーター便もご用意します」──。

迎えに来た大使館員に伴われ、石巻から仙台のホテルに移動したものの、「こんな時にみんなを見捨てていくなんて……」。リチャードさんの心は振り子のように大きく揺れ続けた。悩み抜いたあげく、「石巻に残る」と決めたのは、大使館からの連絡があってから三日めの朝だった。

帰国を勧めて送り出してくれた石巻の友人たちも、舞い戻ったリチャードさんの顔を見ると、「ありがとう。リチャード!」と再会を喜んだ。中でも親友、ムーちゃんの歓迎は強烈だった。「バカヤロー! イギリスに石巻の名前を広めて、募金を集めて送るのがリチャードの使命だって、あれほど言ったじゃないか。任務失敗だろ!」──。その目には涙がにじんでいた。

「私の人生でいちばんうれしい『バカヤロー』でした」。リチャードさんはその晩、震災発生以来、初めて熟睡できたという。

リチャードさんを引き留めた石巻には、いったい何があったのだろうか。

(『月刊なぜ生きる』令和5年2月号より)

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