【試し読み】古典を楽しむ 「小倉百人一首」~夜をこめて鳥のそらねははかるとも 世に逢坂の関はゆるさじ~
「恋の関所の番人は、だまされませんよ」と、プロポーズしてきた貴公子に、清少納言が送った歌です。
ユーモアたっぷりに断るとは、さすが、『枕草子』の作者。
この歌の「ユーモア」を理解するには、彼女から、直接、経緯を説明してもらったほうが分かりやすいでしょう。
清少納言は、当時、一条天皇の皇后・定子(ていし)に仕えていました。『枕草子』に、次のように書いています。
恋の関所の番人は、だまされませんよ
帝の側近であり、「頭弁(とうのべん)」の職にある藤原行成様が、皇后定子さまの住まいを訪ねてこられた時のことです。
応対した私と、つい話が弾み、夜が更けてしまいました。
「ああ、いけない。明日は大事な任務があるので、丑の刻(午前二時頃)になる前に帰らないと……
そう言って、行成様は、慌てて出ていかれました。
翌朝早く、品のいい紙を使った手紙が届きました。
「夜を徹して、お話をしたいと思っていたのですが、言い残したことがたくさんあるように思います。私は、鶏の鳴き声にせき立てられて、やむなく帰ったのですよ」と、美しい文字で書かれています。行成様は、書の達人としても有名な方でした。
ちょっと気取った文面なので、私も、突っ込んでみたくなり、
「あれ! あんな深夜に鶏が鳴きましたか。もしかして、あなたが聞いたのは、有名な孟嘗君(もうしょうくん)の鶏の声ですか」と便りを出しました。
孟嘗君とは、中国の戦国時代の政治家です。彼が秦の国へ使いに行った時に捕らえられ、殺されそうになりましたが、なんとか脱出し、夜中に国境の函谷関(かんこくかん)にたどり着いたのです。
しかし、この関所の番人は、「夜明けを告げる鶏が鳴くまで、門を開けない規則になっている」と言って通してくれません。背後には追っ手が迫っています。その時、部下の中の、物まね上手が「コケコッコー」とやったところ、本物の鶏が、次々に鳴きだしたのです。
その結果、朝が来たと、だまされた番人が関所を開けたので、孟嘗君は、無事に逃れることができたのでした。
行成様から、また、すぐに返信がありました。
「さすがですね。『史記』に書かれている故事を、よくご存じですね。しかし、孟嘗君が函谷関の関所を開けて逃れたのは、中国のことです。私と、あなたの間にあるのは、逢坂(おうさか)の関ですよ」
こんな思わせぶりな手紙に、どう返事を出したらいいでしょうか。
「逢坂の関」とは、愛し合う男と女が逢うところです。
恋の関所を開いて夫婦の契りを結びましょうという誘いかしら。
危ない、危ない。
私は、こんな歌で返事を出しました。
「夜をこめて鳥のそらねははかるとも
世に逢坂の関はゆるさじ
心かしこき関もり侍り」
函谷関の番人は、鶏の物まねにだまされて門を開けました。
しかし、男と女の「逢坂の関」の番人は、だまされて通行を許すようなことは決してしませんよ。しっかりしていますからね、という意味です。
さて、行成様は、どう出るでしょうか。
(『月刊なぜ生きる』令和3年9月号より)
1,000年前にもユーモアたっぷりの会話を楽しんでいたことに心くすぐられました。
さて、清少納言と藤原行成の恋の攻防はどうなるのでしょうか…?
続きは『月刊なぜ生きる』令和3年9月号をごらんください。
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