【小説】泣こよかひっ飛べ
第10回 啓一郎と十五人の目

(前回までのあらすじ)

桜島を臨む港から、武者修行に行く約束をした捨八たちだったが、残るはずの啓一郎が一人舟に乗り、浜之市に着く。町人の子供たちから唐突に「綱ん番する?」と言われ、武士としてここで怯む訳にはいかないと、よく分からないまま引き受ける。その晩、十五夜の綱引きは、茅を探して山の中を歩き回る茅抜きから始まると聞く。ひと夏の困難や辛酸の話に、啓一郎は何を感じたのだろうか。

◆◇◆

「綱ん番、行こう!」

子供たちが迎えに来たのは、遠く錦正寺が打つ人相の鐘の終いを聞いたその時だった。啓一郎は子供たちと連れ立って境内に向かった。

社殿から少し歩いた境内の西南の角にある神楽舞台の上に、綱は置かれてあった。

広さ五間*四方、高さ三尺*余りのめったに使われることのない神楽舞台の上に、宮司の言うとおり差し渡し一尺半、長さ三十間もあろうかと思われる綱が、ちょうど、蛇がとぐろを巻いたように、十段ぐらいの高さに重ねてある。

もう、大勢の子供たちが来ていて舞台の脇に少しずつ固まり合って、喋っている。啓一郎が来ると、皆、一斉に黙って啓一郎を見た。啓一郎はわからないぐらい微かに会釈して、固まりの一つに座った。

遅れて、五つ*少し前に辰吉が来た。右手におそらく自分で作ったものだろう三尺足らずの竹刀をさげ、左手に一尺足らずの、鞘に納めた短刀を持っている。あれで綱を切るのだろうかと、啓一郎は思った。

子供たちは一斉に辰吉を取り巻いた。辰吉は「遅くなった」と言って皆を座らせて言った。

「この半年、皆が気張って作った綱だ。住吉の綱に決して負けるものじゃない。明日の晩、この綱を引いて御奉行様に奉納するまでは、しっかり守らなくてはならないのだ。月が辰巳*の方角に昇って、五つになったら佐吉と、喜助と俺で住吉の綱を切りに行くんだ。俺は必ず切るつもりで行く。お前たちは皆で、この綱を守るんだ」

そう言って、月に蒼白く照らされた綱を指差した。子供たちはその指す綱を誇らしげに見上げて、互いに称え合った。

そんな中からささやく声がした。

「長太郎はやっぱり、刀を持ってくるかな」

辰吉は耳をそばだてた。

「そんなこと、わかるもんか」と、辰吉は声を押し殺すようにして言った。

「……ただ、皆で、固まっているんだ。決して離れるな。そうすれば簡単に切られはしない」

辰吉の話は緩やかな調子ではあるが、いささかの虚栄心もなく、条理が整って、立派なものだった。子供たちは絶対の信頼を置いて聞いた。

辰吉の言葉は皆の気持ちを高ぶらせた。辰吉の言葉に一つの決意を、──一つ魂を感じたのだった。 

時が経って、月が傾いていよいよ辰巳にかかった。

「もう時刻だ」と、辰吉がゆっくりと立ち上がって、皆を見渡して言った。

「これから住吉の綱を切りに行く。皆、しっかり綱ん番をするんだ」

そう言い捨てて、辰吉を先にして三人は出かけていった。

皆で固まって守るんだと辰吉が言うとおり、十五人の稚児、二歳たちは、神楽舞台の垣を背に、綱をあんだ残りの茅の束を盾にし、竹の棒を手に持ち、横、一列に並んで見張りについた。啓一郎は右の端に陣取った。

全員、押し黙ったまま、前だけを見つめている。ただ小刻みに、揃って吐き出す呼吸の音だけが静かに聞こえるだけで、何もかもが、ひっそりと静まり返っていた。

時々、何とはいいがたい草花の香りを含んだ風が、夜の中から流れてきて、子供たちの顔をかすめていった。

空には黒い雲が出て、それが、まるで月をめがけていくように広がってゆく。

*間……1間は約1.8メートル。

*尺……1尺は約30センチメートル。

*五つ……午後8時頃。

*辰巳……南東。

(『月刊なぜ生きる』令和4年11月号より)

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