【小説】泣こよかひっ飛べ 第16回 桜島へ①

(前回までのあらすじ)

桜島を臨む港から、一人、旅に出た啓一郎。父からの手紙を受け取り、3日間の旅を終え、一度帰路に就く。捨八、圭介、洋介の三人に旅での出来事を語るが、「なぜたった3日で帰ってきたのだ」と聞かれて、はっきりと答えることができなかった。半年の月日がたち、その間、旅への思いを蓄えていった啓一郎。母への心配を抱きながらも、その思いを父に打ち明けるのであった。

◆◇◆

「桜島に参ろうと思います」

梅が散り、桜がほころび始めた頃だった。啓一郎は、文机に向かう父の前に膝を折って頭を下げて言った。

「何、桜島とな」

「はい」

「桜島に登ると申すか」

「はい。父上は、旅に出るならまず足元からと申されました。私は以前から一度、桜島の火口が見とうございました」

啓一郎は下げた頭を上げて言った。

「さようか」

と言って、父はやや久しく啓一郎の顔を見つめていた。そして言った。

「わしもちょうどお前の年頃に、桜島に登ってみたいと思ったこともあった。だが、その機会のないままに、今ではそんなことを考えることもなくなった。その理由は様々あろうが、何せ、あれは活きた山で、裏の山に登るのとは訳がちがうでな」

と言った。

「だめでございましょうか」

啓一郎は頭を下げて伺いを立てるように父の返事を待った。

「そうではない。わしの子まい頃のことを思えば、お前の申すことはわからんでもない。だが、お前も知るように桜島は今も活きて噴火しておる。そうたやすくゆく話ではないと申しておるのだ。登るには余程の覚悟がいるでな」

父は啓一郎の心を確かめるように強く言った。

(『月刊なぜ生きる』令和5年8月号より)

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