小説 泣こよかひっ飛べ 第20回 勇気

(前回までのあらすじ)

桜島を臨む港から、一人、旅に出た啓一郎だが、父からの手紙を受け取り、3日間の旅を終え、帰路に就く。それから半年の月日がたち、桜島の火口にも登り切った。加治木の母親の里方で祝い事が起こり、父親に代わってその祝いの口上を述べるための道中、一匹の犬と、父の跡を継ぐという浅葱の少年と出会う。啓一郎はこれからどのように成長していくのだろうか……。

◆◇◆

口上などというものは、初めてのことで幾日も前から用意したとはいえ、父に代わって加治木に来た自分は、若輩の身をもって推参ではなかったのかと、直前まで啓一郎は少なからず心に引っかかるものがあった。

それでも滞ることなく、思うとおりの口上が述べられたことで、密かに満足を覚えて心が落ち着いたことは確かであった。

用を終えて、1日泊まって、翌朝には帰る腹づもりのところ、勧められるまま2泊して、3日目の早朝、蔵王岳が朝焼けに染まらぬ前に草鞋をはいて、ご城下の家に向けて歩みを進めた。

道の両側には朝露に濡れたりんどうの花が朝日にきらめいている。

歩みを進めるうちに、本道に飽いて(あきて)、道を少し外れた田道を歩いた。

歩くにつれてよく見ると、田道の脇の澄んだ小流れに、山から散り流れてくる黄色い“紅葉”が浮いているのが見える。

3日前にご城下を出発て加治木に来る時見た見渡す限りの黄金の稲田、その帰りに見るこの“紅葉”。

「秋なのだ」

啓一郎はこの美しさを眺めながらふと気がつくと、そこは2日前にあの浅葱の少年と別れた分け道だった。啓一郎はあの時の少年のことを思った。

むく犬の絵をあれほど上手に描いたあの浅葱の少年は、ここで別れて2日しかたたないが、もう自分の目指すところに向かって修業を始めているだろう。

それに比べて自分はどうだ。

その実感がない。

「自分は長男だから修業して陶工になって小さいが親の跡を継ぐ」と言った、あの少年は、自分が何者だということをわかっている。

それにひきかえ自分はどうだろう。

自分は、自分が生きている世の中、とりわけ〝家〞を中心としたご城下、そのご城下に生きている朋輩。

そして最も知りたい、自分は何者だということがわからない。これさえわかれば、ひょっとしたらあとのことは全てがわかるような気がするのに……。

(『月刊なぜ生きる』令和5年12月号より)

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