【小説】泣こよかひっ飛べ 第19回 それぞれの道

(前回までのあらすじ)
桜島を臨む港から、一人、旅に出た啓一郎だが、父からの手紙を受け取り、3日間の旅を終え、帰路に就く。それから半年の月日がたち、父に「桜島に登りたい」と告げる啓一郎。父が段取りをしてくれた道案内の文吉とともに、無事に桜島の火口まで登り切ることができたのであった。
次に、旅支度の啓一郎が向かったのは……。

◆◇◆
行き合いの空の下、目の前は見渡す限り金色の稲田である。

本道を少し離れた田道の脇に粗末な茶店が立っている。その店の小椅子に座っている小さいが立派な服装をした武士が、もう刈り入れの頃だと思いながら、つくづく眺めている。 

見るとそれは脚絆こそ巻かれないが、野袴に打飼いという旅支度の啓一郎である。

加治木の母親の里方で祝い事が起こり、父親に代わってその祝いの口上を述べるために出発った道中なのである。

夜明けとともに家を出て、空は良く晴れ、日はちょうど頭の上にある。加治木まで途中山を越えて、道はまだ4里*も歩くとあって、啓一郎は昼食をしようとこの茶店に立ち寄ったのだ。ところが腰を掛けて稲田の見事さに気を取られてつい見過ごしたのだが、店先に犬が一匹寝そべっている。さほど大きくはないがさりとて小さくもない。鼻から尾っぽまで2尺*もあろうかというむく犬である。少しやせ気味だが光る目をして、金色の稲田を見据えている。

ご城下の町中ではめったに犬を見かける事がないので、啓一郎は珍しそうに目をやった。

「あれはこの店の犬ですか」

と啓一郎は茶を持ってきた老婆に聞いた。

何故そんなことを言ったのかわからない。

多分体格が立派なのと、首を上げて傲然と前を向いているからだろう。

「いいえ、旦那様、あれはまぐれ犬でして」

と老婆が少し笑みを浮かべて言う。

「それを、ここで飼っているのですか」

「いえ、そういうわけでもございませんが、居ついてしまってるんでございますよ」

それにしては少しも汚れの見えない、野良犬とは思えない立派な犬に見える。

「お武家様のように、店に立ち寄る方が皆さん、そうやって気にかけてくださいますんです。はい」

「……」

「ほんに、いい犬でございます。見た目は手強そうですが、大人しく賢い犬です。

私に一度叱られたことは、又と致しません。ほんに私の心持までわかっているようなのですよ」

と老婆がさも愛しそうに言う。

「ですから、旅のお方も珍しがって食べ残したものを、食べさせてやったりなさいます。婆が思いますに、この犬もこの店が宿だと思っておるんでございましょう。いつか飼い主が現れるまではこうして置いておこうと思っておりますんで、はい」

と言って、老婆は啓一郎に一礼して引き込んでいった。

*里……1里は約4キロメートル。
*尺……1尺は約30センチメートル。

(『月刊なぜ生きる』令和5年11月号より)

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