小説 泣こよかひっ飛べ ー第3回 父と母|芝 修一

(前回までのあらすじ)
桜島を臨む港に、一艘の通い舟が横付けされている。「あの舟で武者修行の旅に出発しよう」と約束した捨八は、松林に潜んで舟着場を見ていた。洋介と圭介が来なければいいと願って……。舟が出る時刻になったが、二人は現れず安堵する捨八。ところが、ここに来るはずのない啓一郎が来たのだ。しばらく三人を待つ様子だったが、一人、舟に乗り込む。啓一郎を乗せた舟を背に、捨八は走り去った。

◆◇ ◆◇ ◆◇

図らずも、口から流れ出た言葉の数々によって織り上げられた空想の遊びごとが、容易ならない事態になってしまったことを、舟が出た後にも尚、捨八は刻々と感じた。

捨八は昨日、旅のことは聞かれるまで決して話してはならないと、強く啓一郎に念を押した。

それを、自分の意地からすれば、啓一郎の父に話すことは本意ではない。

しかし、それにも増して、これから先、啓一郎がどういう目に遭うか、どんな運命が啓一郎に降りかかってくるのか、しかも、その原因が外ならぬ自分に在るかもしれないと思えば、やはり話さなければならないだろう。そして、それをいつ、誰に話したら良いのか。子供の持つ底深い慈悲心と幼い意地。捨八は、この二つの間で悩み、その才覚が出来ないまま一日、胸がふさがり、気も遠くなりそうな思いで町中を歩いた。そしてとうとう黄昏時を歩いて、気がついてみれば、啓一郎の家の門の前にいた。

そこへ、この家の中間の太吉が走り込んで来た。

「あ、捨八さん」と、息せきながら太吉が言った。

「今、お宅へ参った帰りです。うちの旦那様があなた様を探しておいでです」

と言って、捨八を屋敷内に入れて、玄関口まで来ると、

「ちょっとお待ちを」

と言うと、庭先に回って主に声をかけた。捨八は項垂れて待った。

啓一郎の両親が顔を出した。土間に下りざま、まだ足の着かぬうちに父親が言った。

「おお、ようわせた。お主、啓一郎を見なんだか。今朝から、あれの顔が見えん。今になっても帰りおらんでな、部屋を改めても別段かわった様子もない。ただ、あれの机の引き出しの五両がなくなっておる」

と言って、項垂れている捨八の顔を横から覗くように見て

「お主、心当たりはないか」

と聞いた。

捨八は、黙ったままうつむいていたが、暫くして言った。

「武者修行に出ました」

「ええ?」

と言ったが、父親は容易に言葉の意味を解きかねる様子だった。

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