歎異抄の旅【新潟】
美しい「ヒスイ海岸」から
断崖絶壁の「親不知」へ

北陸新幹線に乗った人から、「トンネルが多い」「風景を楽しめない」という声を、よく聞きます。

調べてみると、長野駅と金沢駅の区間の44パーセントがトンネルなのです。

今回の旅は、まず東京駅から北陸新幹線に乗って、富山県の黒部宇奈月温泉駅へ向かいました。

確かに「トンネルばかり!」という印象を受けます。

新幹線が新潟県糸魚川市の海岸沿いに近づくと、車内放送で「わずかな時間ですが、日本海の美しい風景をお楽しみください」と案内がありました。

外は快晴です。窓から青い海が見えてきました。

ところが、パッと映像が切り替わるように、トンネルの壁、壁、壁……。本当に、わずかな時間です。

糸魚川市西部の海岸は「親不知子不知(おやしらずこしらず)」と呼ばれ、古来、北陸道の最大の難所でした。今では、新幹線で快適に通過できますが、800年以上も前から旅人を苦しめてきた場所だったのです。

『歎異抄(たんにしょう)』には、親鸞聖人(しんらんしょうにん)が権力者の無法な弾圧によって、越後(新潟)へ流刑に処せられたことが記されています。

京都から越中(富山)を経由して越後へ向かって進む親鸞聖人一行も、親不知子不知を越えられました。果たして、どのような難路だったのか……。訪ねてみましょう。

親鸞聖人上陸の地として有名な居多ヶ浜(新潟県上越市五智)

浜辺なのに、砂がない!
朝日町のヒスイ海岸

富山県の黒部宇奈月温泉駅から、車に乗り換え、国道8号線を北上します。

新潟県と境を接する朝日町に、有名な「ヒスイ海岸」がありますので寄ってみました。「日本の渚百選」にも選ばれている美しい海岸です。

ところが、海岸といえば砂浜を思い浮かべますが、ここには砂はありません。大小さまざまな石でできた浜辺なのです。これまで見たこともない風景で、新鮮な感動を覚えました。

駐車場から浜へ出ます。石を踏みしめると、ザクッ、ザクッと音がします。角の取れた、優しい小石ばかりなので、けがをすることはないと思います。

波打ち際で、水にぬれた石の中には、ブルーやグリーン、白色や赤褐色などの美しい小石がたくさんありました。思わず拾い集めたくなります。時には青緑色に輝く翡翠(ひすい)の原石が見つかることもあるので「ヒスイ海岸」と呼ばれるようになったのです。

打ち寄せる波の音も、砂浜の波と全く違います。勢いよくザブーンと白い泡が立って波が来たと思ったら、カラカラカラ……と高い音を立てて引いていくのです。波の力で小石がぶつかり合う音なのでしょう。

「さすがにここまでは波が来ないだろう」と思ってカメラを構えて立っていると、一気に足元まで白い泡が迫ってきました。何回かに一度は、大きな波になるようです。慌てて後ろへ下がろうとすると、小石の浜は崩れやすく、ズルッと滑って転んでしまいました。

浜辺へ石を拾いに来ている人を見ると、長靴を履いている人が多いことに気づきました。やはり、気楽に海に近づくのはよくないようです。

ヒスイ海岸から新潟方面を眺めると、険しい山が海に落ち込むように連なっています。あの山と海が、旅人を悩ませ、「北陸道最大の難所」と言わせたのでした。

どれほど危険な道だったのか

朝日町のヒスイ海岸から、再び国道8号線へ。トンネルを越えて新潟県に入ると、道の駅「越後市振の関」がありました。休憩所の売店には、翡翠の原石がたくさん販売されていました。糸魚川市は、日本最大の翡翠産地であり、翡翠を見つけられる海岸が何カ所もあるのです。

道の駅の裏手には、あいの風とやま鉄道の線路があり、海に面しています。青くて美しい海を見ていると、貨物列車が通過していきました。

海と山の間の狭い土地に、国道と鉄道が並んで走っているのです。

さらに国道8号線を進むと、トンネルが多くなり、車窓から見える景色も切れ切れになってきました。

車は、断崖絶壁の中腹を走っています。道路の約100メートル下が海なのです。まるで、海岸線に屏風を立てたような地形です。

「親不知子不知」とは、えちごトキめき鉄道の市振(いちぶり)駅から青海(おうみ)駅までの約15キロメートルの海岸の総称です。詳しくいうと、市振駅から親不知 駅の辺りが親不知、親不知駅から青海駅の辺りが子不知と呼ばれています。

なぜ、この区間が「北陸道最大の難所」といわれてきたのか?

それは、今日のように断崖絶壁の山を切り開いたり、トンネルを造ったりすることができなかったので、旅人は、波打ち際の非常に危険な道を行くしかなかったからです。

道の駅「親不知ピアパーク」の前に広がる浜辺。
北陸自動車道が海上を走っているのが見える

江戸時代の貴重な記録があります。

了貞という人が、親鸞聖人の旧跡を訪ねて全国を歩き、聖人が、どこで、どのようなご苦労をされたのかを取材して、『二十四輩順拝図会』と題する本を出版したのです。

その中から、親不知を訪れた時の記録を意訳してみましょう。

「激しい大波が間断なく打ち寄せてきます。ここを渡ろうとする者は、絶壁にぶつかって砕け散る波を見ただけで、恐ろしくて気を失いそうになるでしょう。

この親不知の切り立った断崖の根元には、約10メートルから15メートルおきに、身を隠すことができるほどの岩穴があります。

旅人は、波打ち際の道を進みながら、大波が来たら、すぐに岩穴に隠れるのです。そして、波がさっと引いていくのを合図に穴から飛び出して、次の穴へ向かって全力で走ります。

再び、すさまじい勢いで大波が襲ってきますので、走り遅れた人は、波にさらわれ海の藻屑(もくず)となってしまうのでした」

親不知は、まさに恐るべき難所だったのです。

幼い子を波にさらわれた悲しさ

こんな伝説もあります。

平清盛の弟が、源平の合戦で敗れ、越後へ逃れていました。

夫の居所を知った妻が、京都から幼い子どもを連れて越後へ向かっていた時のことです。彼女は、この難所を渡る時に、子どもを波にさらわれてしまったのです。悲しみのあまり詠んだ歌が、

「親知らず 子はこの浦の 波まくら
  越路の磯の あわと消えゆく」

でした。

まさに親は子を、子は親を顧みる余裕すらないほど、危険な道だったのです。

この歌がもとになって、この地は「親不知子不知」と呼ばれるようになったといわれています。

(『月刊なぜ生きる』令和4年12月号より)

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